SUBJECT FILE NO. IJM-0049
CLASSIFICATION: HISTORICAL ARCHIVE
アガサ・クリスティ
Agatha Christie
小説家
SECTION I -- 人物概要
| 氏名 | アガサ・クリスティ |
|---|---|
| 英名 | Agatha Christie |
| 出身国 | イギリス |
| 生没年 | 1890–1976 |
| 性別 | 女性 |
| 世紀 | 20世紀 |
| 分野 | 文学 |
| 肩書 | 小説家 |
SECTION II -- 経歴
1890年、イングランド南岸の保養地トーキーに、裕福な隠退アメリカ人の父と想像力豊かなイギリス人の母のもとに末娘として生まれたアガサ・メアリ・クラリッサ・ミラーは、学校に通わせないという母の方針により、本に満ちた別荘で自由に育てられた。幼い頃から空想の友人と過ごし、11歳になる前に最初の詩や短編を書いていたという。父の急死で家計が傾くと、母と二人でカイロに渡り、17歳で社交界にデビューしつつ、後の作品世界を彩る植民地的空気を肌で吸収した。
最初の転機は第一次世界大戦である。1914年に飛行士アーチボルド・クリスティと結婚した彼女は、看護師としてトーキーの病院に奉仕し、やがて薬局の調剤助手に配属されて砒素、ストリキニーネ、青酸カリといった毒物の性質を実地で学んだ。姉からの賭けに応えて書いた最初の長編『スタイルズ荘の怪事件』が1920年に刊行され、几帳面なベルギー人亡命者エルキュール・ポアロが誕生する。
第二の転機は1926年12月、夫が愛人と結婚するため離婚を切り出した事件で、アガサは姿を消し、車は白亜の採石場近くで乗り捨てられた状態で発見された。英国史上最大規模の捜索の末、11日後に北部の温泉町ハロゲイトのホテルで、夫の愛人の姓を名乗って滞在する彼女が見つかり、本人は「記憶がない」と語るのみで事件の真相を公にすることはなかった。1928年に離婚した彼女は一人でオリエント急行に乗り込みバグダードへ旅し、そこで若い考古学者マックス・マローワンと出会い1930年に再婚する。
以後40年にわたり、中東の発掘現場の折り畳み椅子で書き継いだ作品群——『オリエント急行の殺人』『ナイルに死す』『そして誰もいなくなった』——が、彼女を史上最も売れた小説家に押し上げ、1952年にロンドンで初演された戯曲『ねずみとり』は今も上演が続く最長ロング・ラン公演となった。1971年にデイム勲章を受け、1976年にオックスフォードシャーの自宅で静かに世を去った。
SECTION III -- 年表
SECTION IV -- 名言
“小説の構想を練るのに最適の時間は、皿を洗っているときだ。”
“見た目どおりの人間など、ごくわずかしかいない。”
SECTION V -- エピソード
[A]11日間の失踪
1926年12月、夫の不倫を知ったクリスティは突然姿を消した。乗り捨てられた車が発見され、英国史上空前の大規模捜索が行われるなか、11日後に北部ハロゲイトのホテルで、夫の愛人の姓を名乗って滞在する彼女が発見された。本人は「記憶がない」とだけ語り、事件の真相を生涯公に語ることはなかった。
SECTION VI -- 影響と遺産
クリスティの著作は累計20億部以上を売り上げ、103の言語に翻訳されている。これを上回るのは聖書とシェイクスピアだけである。『ねずみとり』は世界演劇史上最長のロング・ラン公演であり、彼女のパズル的プロットは20世紀の推理小説の古典的形式を決定づけた。
SECTION VII -- 代表作・主な功績
- [01]オリエント急行の殺人(1934年)
- [02]そして誰もいなくなった(1939年)
- [03]ナイルに死す(1937年)
- [04]スタイルズ荘の怪事件(1920年)
- [05]ねずみとり(1952年)



